月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也。
松尾芭蕉著「奥の細道」有名な冒頭文です。
月日は永遠に旅を続ける旅人のようなものである。といったような意味でしたかね。
月日の流れは不可逆的な変化です。
過ぎる事はあっても消して戻ることのないもの。
しかしその行く速度は人により状態により違うようです。
1000分の一も理解できていない知識で話すなら、
アインシュタインの相対性理論も引き合いに出すことが出来ます。
でも人間が体験した時間は、時間の経過によって人生というちゃちな言葉に置き換わります。
自分が尊敬できるか。できないか。
それはその人生の密度で決まるんじゃないかと最近ふと思いました。
今、通っている学校には元社会人から、高校から、大学から
いろんな人が進学してきています。
同じ位の時間生きてきた人たちでも中身の薄い人がいるように感じます。
自分みたいな浅はかな人間が人を計れるのかは不明ですが。
ただ一生懸命やってる人を卑下するような、
そんな人にはなりたくないです。
PCは得意分野なので教える側に回ることが多いのですが
一生懸命理解しようとする人はわかります。
教える気にもなります。
教えるとき答えだけを求めてくるような
そんな適当な人には直接答えだけを教えます。
その選択はいつか自分を苦しめます。
連続した選択の中で常に自分で選んだ不可逆変化な決定。
それが人となりを作って。
昔、一生懸命を馬鹿にした自分がいました。
今、なんだか人生で初めてがんばっている気がします。
初めて自分と誠実に向き合えるようになった気がします。
自分をさらに高いところへ持っていければいいな。
今日はなんだか闇病みです。
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